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東京高等裁判所 昭和26年(う)5451号 判決 1952年5月31日

控訴人 被告人 横倉忠

弁護人 中島宇吉

検察官 野中光治関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人中島宇吉の控訴趣意は、末尾に添附した別紙記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

論旨第一点について。

原判決が、その理由において、判示第一事実として「被告人構倉忠は田中実と共謀の上別紙犯罪事実一覧表その一記載の通り昭和二十六年五月十日頃から同月三十一頃迄の間前後四回に亘り水戸市所在国鉄水戸駅構内高崎信号工事区水戸助役詰所倉庫外一ケ所において同工事区長森崎勇造管理に係る屑銅線等電線類約三十八貫匁を窃取したものである。」(別紙犯罪事実一覧表その一は省略)旨を認定判示し、それに対し、刑法第二百三十五条を適用処断していることは、所論のとおりであつて、所論は、本件において、被告人の共犯者ということになつている原判示田中実は、当時国鉄職員たる倉庫手として、原判示職場において、その職務上現実に右原判示物件を占有所持していたものであり、被告人は、右田中より、それらの物件の処分方を委託され、同人にその権限があるものと信じて、これが引渡を受けたものであるから、被告人の本件所為が、窃盗罪を構成すべきいわれがない旨主張するにより、案ずるに、物に対する事実上の支配が、上下主従の関係を有するに過ぎない場合においては、物の従たる支配者は、刑法上その物につき占有するものではないから、その者が、主たる支配を排して、物に対する独占的の支配をするに至つた時は、窃盗罪を構成するものと解するのが相当である。而して、原判決が、その判示第一事実について挙示する証拠をそう合考かくするときは、前示田中実は当時、国鉄職員たる倉庫手として、原判示職場において、保管責任者たる工事区長の指揮監督の下に、資材の保管、又は入出庫に関する事実上の事務を補助する職務に従事していたものであつて、倉庫及び資材に関して、事実上の支配を持つていてもそれは、単に、工事区長の指揮監督の下において持つていた従属的な支配に過ぎないものであり、これらの物件に対しては、同時に、指揮監督者である工事区長(場合により事務助役が代行)の主たる事実上の支配があつたものであることが認められるのであるから、このような事情の下に前示田中実が不法領得の意思をもつて、原判示物件を勝手に持ち出す行為は、該物件に対する工事区長の主たる支配を排して、これを自己の独占的支配内に置いたものとして、窃盗罪を構成すべきことは明らかであるというべく、しかも、前示証拠によれば、被告人は原判示のように、右田中実と共謀の上、不法領得の意思をもつて勝手に原判示各物件を持ち出して処分したものであることが十分に認め得られるのであるから、被告人の本件所為が窃盗罪を構成することは明白であつて、その他、記録を精査検討してみても、原判決に所論のように判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があることは認められないから、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)

控訴趣意

第一、原判決は甚しき事実の誤認あり。

一、原判決事実の理由に於て被告人横倉忠は田中実と共謀の上別紙犯罪事実一覧表その一記載の通り昭和二十六年五月十日頃から同月三十一日頃迄の間前後四回に亘り水戸市所在国鉄水戸駅構内高崎信号工事区水戸助役詰所倉庫外一ケ所において同工事区長森崎勇造管理に係る屑銅線類約三十八貫匁を窃取した事実を各被告人の当公廷に於ける供述証人森崎勇造、同宮崎弘、同水谷勇次、同尾崎国雄、同田中実の各供述、司法警察員作成の被告人江橋三郎、同斎田四郎に対する各供述調書、検察官事務取扱検察事務官作成の被告人江橋三郎、斎田四郎に対する各供述調書、分部光三の買受始末書を綜合して之を認め刑法第二百三十五条等を適用処断したり。

二、然し原審公判廷に於ける被告人の供述には被告人横倉は私は左様な盗みはしたことはありません公訴事実一の五月十日頃の時は午後三時から四時半頃の間と思ひますが倉の前で倉庫手の田中にこれで金を作つてくれと頼まれ屑銅線十貫匁位を、次は五月十一日頃の午後三時過頃倉庫詰所の前であつたか外であつたか忘れましたが前述田中より昨日の残りを処分してくれと頼まれ屑銅線六貫匁位を次は五月十四日頃の午後三時頃より五時頃の間に倉庫詰所の中で田中よりこれで金を作つてくれと云つて大工小屋かセメント小屋から持つて来たと言う屑銅線九貫匁位を次は五月三十一日午後三時頃より午後五時頃の間に前述同人より倉庫詰所の前で高萩から到着した貨車の上に鉛被ケーブル屑があるから金に換へてくれと頼まれ貨車の上にあつた鉛被ケーブル線九貫匁位を処分してやつたのであつて私が直接盗んだのではありませんと供述し居り十月九日の公判に於て他の者が処分しているようなことを聞いた後田中から売つてくれと云はれたからです云々田中は前から工事区が解散になる時鉛を貰つて行くと云つていたので田中が貰つた物だろうと思ひました云々と供述し居り控訴人は本件電線類が田中の占有にあつた事実及田中より依頼され処分してやつた事実を明かにする為め田中実を右被害品の管理責任を明かにする為め宮崎弘を横倉の勤務状態の情状に付て尾崎国雄の訊問を申請し夫々証拠調あり本犯罪事実(占有所持)を明瞭にする為め犯行現場の検証を求めたるも却下となりたることは原審公判調書記載の通りにて

三、(イ)森崎勇造の訊問調書には、日本国有鉄道服務規定には倉庫手は物品の亡失毀損腐蝕なき様之が保存に注意し及び物品の管守を厳重にし盗難紛失なき様注意云々とあるのでそれ等の責任はあると思ひます、倉庫手に保管の責任は監視だけでなく責任があると思ひます。(ロ)宮崎弘の供述には、事実上の保管は倉庫手田中で管理は工事区長であります。倉庫の鍵は倉庫手が持つて居る倉庫手は自由に倉庫に出入出来ます倉庫手は倉庫詰所に居ります。(ハ)尾崎国雄の供述 倉庫の鍵は倉庫手が持つて居る倉庫手は倉庫の鍵を持つて居る関係上倉庫手の承諾なくては資材の持出しは不可能であります。倉庫手は倉庫中の物品はわかつて居るはずであります。(ニ)水谷勇次の供述 現実の資材を監督し居るのは倉庫手です。資材の管理責任は事実上は倉庫手でありますが広い意味の管理責任は事務助役又は工事区長であります、水戸助役詰所と倉庫とは五丁位離れて居る。(ホ)田中実の供述 倉庫手は倉庫内の物品を出入し物品の監視をする業務で資材の管理責任は倉庫手でありますが広い意味の管理責任は事務助役又は工事区長であります。

以上の各供述により広き意味形式的には管理責任は工事区長なるも現実に物件を占有所持するものは倉庫手にてその倉庫手田中より物件の処分を委託せられて任意に引渡を受けたる被告人横倉に所持の侵害を要件とする窃盗罪の成立する謂はれなきもの。

四、本件の電線類は凡て帳外品にて盗難届の提出なきもの。(イ)宮崎弘の供述 本件被害の銅線類は記帳してはありません。それらはいつ入荷したのか記帳してないので判然判りません、記帳されてないと盗まれたかどうか判りません、倉庫手は在庫品に付ての帳簿を持つて居るので判つて居ります。(ロ)森崎勇造の供述 水戸助役詰所へ電線類の盗難被害に罹つたことは横倉等か検挙されてから始めて倉庫中より盗まれたことが判りました、被害状況は私は判りませぬ」とあり、被害のあつたことも被害品の種類、数量も判らないもので現実の占有所持は倉庫手田中実にあること明かなるに係はらず原判決に於ては田中実は本件物件の支配の権限及保管の全責任を与へられてゐたものとは認められず田中は保管責任者たる工事区長の保管義務を補助してゐたに過ぎずとなし控訴人に窃盗の事実ありと認定したるは甚しく事実の認定を誤りたるものなり。

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